労働基準監督署の調査とは
目次
労働基準監督署の調査の概要
社員A | |
この前、部長に有給休暇の申請をしたら、入社したばかりで有給なんて良く言えるなっていわれちゃったよ |
社員B | |
俺だって、残業の事前申請をしたら自分の出来が悪くて残業する癖にちゃんと申請するのか、だってさ… |
社員C | |
うちの部署なんて、不夜城って呼ばれてるよ。22:00過ぎてもほとんど帰る人いないから… |
全員 | |
俺らの会社ってまさにブラック企業だよな!! |
これは、たまたま入ったカフェで隣の席から聞こえた実際の会話です。『我が社のブラック企業度自慢』といったところでしょうか!?
彼らの勤めていた会社名までは聞こえませんでしたが、自分の勤めている会社が『ブラック企業』だなんて寂しい話ではありませんか。
労基署調査は「企業を守る」ため!
「労働基準監督官がやって来た!」どの企業にとっても喜ばしい出来事とはいえないでしょう。おそらく好きか嫌いかと問われれば、ほとんどの経営者は、後者を選択するに違いありません。
この労基署の調査は、「労働者の権利」を守るために行われているものでしょうか?
私は、「企業を守る」ために行われていると考えています。
最近は多くの企業で人手不足が言われています。いわゆる「売り手市場」となっており、企業は労働者から選ばれる立場にあります。労働者から選ばれない企業は、経営活動に支障を来たすこととなるのです。実際、人手不足を理由とする新規事業進出の断念、事業縮小をせざるを得ない企業も出て来ています。『人手不足倒産』といった言葉も現実味を帯びて来ているのです。
冒頭のカフェの会話に出てくるような企業にあなたは勤めたいと考えますか?
では、企業が労働者から選ばれる為にはどうしたらよいのでしょうか?
真っ先に考えるべきなのは、「わが社は労働者が安心して働ける職場環境にあるのか?」ということです。それには、『労基法の遵守』が必須と言えます。
つまり、貴社の労基法の遵守度を確認する労基署の調査は、企業を守るために重要な場となるのです。
労基法を遵守して「選ばれる企業」に!
例えば、スポーツをするに当たっては、最低限のルールを知らないとプレー出来ません。野球で言えば打ったら一塁に走るし、サッカーでは基本的に手を使えません。これと同様に、人を雇うのであれば知っておかなければならないルールがあります。それが『労基法』といえます。
労務管理にとって重要な労基法を学ぶ場は、大学の法学部など限られた場所しかありません。つまり、重要な法律を学ぶ機会のなかった経営者は多くいらっしゃいます。しかしながら、これからの企業には、労基法を守って会社と労働者を守ることが求められます。
企業における「働き方」が見直される中、労基署調査があることで多くの経営者が労基法を学ぶきっかけとなっています。このことが、今、労基署の調査が注目されている理由と言えます。
労働基準監督署による調査ってどんなもの?
労働基準監督署による調査とは、労働基準監督官が事業場に対して労基法等の違反の有無を調査する立入検査のことです。一定の計画に基づき、業種や規模を任意に選び行われる場合(定期監督)や労働者からの申告に基づいて行われる調査(申告監督)などがあります。
(1) 労働基準監督官の権限
監督官の権限は、労基法で①事業場等の建設物への臨検、②帳簿、書類の提出を求めること、③使用者、労働者に対して尋問できることが保障されています。また、労基法違反について司法警察官の職務を行うことができます。つまり、逮捕することもできるということです。さすがに、調査で労基法違反が見つかり、その場で逮捕といったことは見たことはありませんが、その権限は持っているということです。
(2) 調査の対象は事業所ごと
調査の対象は、事業所ごととなっています。事業所ごととは、その会社で本社のみが対象になるということではなく、営業所や支店、工場や店舖等の全ての事業所が対象となっています。例えば、飲食店であれば店舖も対象となるということです。
(3) どんなことを調べるのか
労働基準監督官が調査に来た場合、以下の書類の提示が求められます。なお、書類の内容を確認するだけでなく、労働者へ直接ヒアリングや業務で使用しているPCなどを確認することもあります。
実際の調査の際に確認する書類はおおよそ以下の通りとなっています。
① | 会社の事業概要がわかるもの |
② | 組織図 |
③ | 労働条件通知書あるいは雇用契約書 |
④ | 労働者名簿 |
⑤ | 賃金台帳(直近3~6か月分) |
⑥ | タイムカード,出勤簿,時間外・深夜労働時間を集計したもの(直近3~6月分) |
⑦ | 就業規則等諸規程 |
⑧ | 時間外・休日労働に関する協定届(提出控) |
⑨ | 事業場外労働・裁量労働に関する協定届、1年単位の変形労働時間制に関する協定届、フレックスタイム制に関する労使協定、その他各種労使協定(提出控) |
⑩ | 年次有給休暇管理簿 |
⑪ | 総括安全衛生管理者・安全管理者・衛生管理者・産業医・安全衛生推進者の選任報告(提出控)及び巡視記録 |
⑫ | 安全・衛生委員会規程、委員名簿、議事録 |
⑬ | 健康診断個人票、健康診断結果報告(提出控) |
⑭ | 長時間労働者に対する面接指導の実施状況が分かるもの |
全体の7割近くの事業場に労基法違反を指摘!
『ブラック企業』を解消するため、厚生労働省では、毎年11月に「過重労働解消キャンペーン」として著しい過重労働や悪質な賃金不払残業などの撲滅に向けた取り組みの一環として集中的に監督指導が行われます。東京労働局によると今年も「長時間の過重な労働による過労死等に関して労災請求が行われた事業場や若者の「使い捨て」が疑われる企業などへ重点調査を行うとのことです。
昨年11月におこなわれた「過重労働防止キャンペーン」期間中には、全国で7,014事業場に対して調査が行われ、このうち4,711事業場(全体の67.2%)で労働基準関係法違反が指摘されています。
【主な違反内容】
(1) 違法な時間外・休日労働があったもの:2,773 事業場(39.5%)
うち、時間外・休日労働(法定労働時間+法定休日労働)の実績が最も長い労働者の時間数が
1か月当たり80時間を超えるもの:1,756事業場(63.3%)
うち、月100時間を超えるもの:1,196事業場(43.1%)
うち、月150時間を超えるもの:257事業場(9.3%)
うち、月200時間を超えるもの:52事業場(1.9%)
(2) 賃金不払残業があったもの:459 事業場(6.5%)
(3) 過重労働による健康障害防止措置が未実施のもの:728 事業場(10.4%)
【主な健康障害防止に係る指導の状況】
(1) 過重労働による健康障害防止措置が不十分なため改善を指導したもの:5,269事業場(75.1%)
うち、時間外労働を月80時間以内に削減するよう指導したもの:3,299事業場(62.6%)
(2) 労働時間の把握方法が不適正なため 指導したもの:889事業場(12.7%)
労働基準監督署調査は突然、やってくる!?
労働基準監督署調査は、必要な書類を持参の上、会社の担当者が監督署に訪問する形で行われるケースもありますが、通常は、会社に監督官が訪問する形で行われます。
事前に電話連絡や文書により調査することを予告したうえで訪問するケース、何の前触れもなく、監督官が突然訪問するケースもあります。もちろん、突然来られて対応できないといったこともあるかもしれません。以前、ある監督官に、「突然来られるとなかなか対応が大変なので事前に予告してもらえると助かるのですが。」といった話をしたことがあります。その時の監督官は、「突然の訪問でないと確認できないこともあるので。」と言っていました。突然調査をすることで、その事業場の裏表のない実態が把握できるのだそうです。
事前に予告がある場合には、文書で調査の日時、準備する書類を指示されます。事前に予告がある場合には、会社側からすると、例えば、届出を忘れていた書類を事前に提出してしまうなどの対策を取ることができます。また、監督官側からすると、書類を準備しておいてもらうことで全体的な労務管理の状況をしっかりと見ることが可能となります。
調査の日程がどうしても合わない場合、たいていは、調整に応じてくれますが、調査は拒否できないものであると考えてください。
「是正勧告書」と「指導票」
労基署調査により、何らかの労基法違反等が確認された場合には、「是正勧告書」や「指導票」の交付を受けます。
(1) 是正勧告書
「是正勧告書」とは、サッカーでいうとレットカードです。明確な法律違反に対して「所定期日までに是正の上、遅滞なく報告するよう勧告します。」といった文書です。「違反事項及び該当法条項」「是正期日」が記載されており、交付の際、調査に立ち会った担当者の署名捺印を求められます。なお、是正勧告に従わない場合には送検手続きをとられることがあります。
(2) 指導票
「指導票」とは、イエローカードです。明確な法律違反ではないけれども、このままの状態が続くと法律違反となる可能性がある場合や行政通達に関する違反についてについて警告して改善を求めるものです。指導事項についても、期日を指定され改善状況を報告することが求められます。
(3) 是正勧告書・指導票への対応
是正勧告書、指導票いずれにおいても、是正・改善したことを報告します。だいたい1か月程度の日付を是正・改善期日として指定されます。万が一、所定期日までに是正・改善ができない場合は、その理由と経過報告等を行います。監督官が是正・改善したことを認めるまで報告は続けられます。以前、長時間労働の改善を指導されたケースでは、毎月勤怠データの報告が求められ、1年近く報告を続けたこともあります。なお、虚偽の報告は厳禁です。虚偽の是正報告をしたのち、再度調査が行われ、虚偽の報告が発覚して書類送検となったケースがあります。
調査に対する心構え
(1) 過去は変えられない
調査は過去の一定期間が対象となっています。通常は、直近3か月から6か月程度の期間に対しての調査となります。過去の出来事ということは、「変えられない」ということになります。事前に違反行為があったことに気付いても、それを無かったことにすることは書類を改ざんすることになります。絶対にやってはならないことです。
(2) 誠意を持った対応を心がける
労働基準監督官が提出を求めた書類が速やかに提示される場合と、なかなか書類が出てこない場合では、前者の方があきらかに印象はよいのではないでしょうか。
36協定や就業規則については労働者に周知義務があります。つまり、監督官が突然来訪して「就業規則を見せてくれ」と言われた場合に「どこに保管されているか分からない」ということが労基法違反の指摘を受ける可能性があるということです。書類を隠すことなく、速やかに提示することを心がけてください。
また、監督官から違反行為を指摘された場合に、あまりにも根拠のない抵抗は慎んでください。指摘された事項については、誠意をもって改善する意思があるのだという姿勢が大切です。
(3) 調査は過去のこと、将来的な視点を持つ
「うちの会社は、ブラック企業なのか…」。自分の勤めている会社で労基法違反があったということに対する労働者のインパクトは想像以上に大きいものです。しかし、調査は、過去のこと。違反行為があったことは、変えられない事実なのです。
過去の清算による影響を考える経営者の方もいらっしゃいます。しかし、『過去のことより将来のこと。』労働者は、過ぎたことよりこれから良い方向に向かっていく会社に期待をしているはずです。「これから」に軸足を置いた労務管理を目指すべきです。
労務管理チェック表
自社の労務管理の実態を把握してみましょう。チェックが3つ以上は要注意です。
プロフィール
飯野正明 特定社会保険労務士 明治大学大学院経営学修士 | |
1969年生まれ。社会人生活は、社会保険労務士一筋「27年」。2010年に東京都中央区日本橋に、いいの経営労務管理事務所を設立。現在は、Be Ambitious社会保険労務士法人代表として、職員9名(うち特定社会保険労務士2名)ともに、大手企業から中小零細企業まで多くの企業の労務相談の円満解決に力を入れている。“相談者の頼れる用心棒”としてたのしめる職場づくりを目指している。 主な著書に『労働法の知識と実務Ⅱ』(共著、東京弁護士会弁護士研修センター運営委員会編) 、『職場トラブル解決のヒント』(ギャラクシーブックス発行)などがある。 |
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